自動車業界は今、未来に向けた加速と現在の足踏みという二面性を示している。トヨタやホンダ、日産など主要メーカーは、電動化を軸とした設備投資を国内外で積極的に進めている。トヨタは米国の5工場に総額約1,400億円を投じ、ハイブリッド車の生産体制を強化。これは、今後5年間で最大100億ドル(約1.5兆円)を米国事業に投資する計画の一環であり、電動化対応の生産体制強化が主目的である。
ケンタッキー州では新型SUVのHV化に対応するラインを新設し、インディアナ州では電動パワートレインの現地調達比率を高める方針だ。これにより、北米市場での電動化対応と関税リスクの緩和を両立させる狙いがある。
ホンダは国内で軽EV「N-ONE e:」を投入し、EV専用ラインの整備を進めている。熊本製作所を中心に、EVと内燃機関車の混流生産体制を構築するとともに、全固体電池の実用化に向けた試験設備の拡充にも数百億円規模の投資を行っている。一方、ホンダ寄居工場では「シビックタイプR」や「ステップワゴン」などの主力モデルの生産が続いている。「シビック ハイブリッド(HV)」の米国向け輸出は終了し、生産はインディアナ州工場へ計画通り移管された。
12月以降の生産計画では、寄居工場の稼働率が当初計画比で8割に引き下げられる見通しだ。これは、部品供給の不安定さや需要変動に対応するための調整措置であり、対象車種には「シビック」や「ステップワゴン」が含まれる。ただし、ホンダは引き続き寄居工場を国内生産の中核と位置づけており、従業員の雇用維持や地域経済への配慮を重視する姿勢に変化はない。また、将来的には電動車両の生産比率を高める方針のもと、寄居工場の設備や人材の再配置も視野に入れていると見られる。
日産もまた、電動化とグローバル再編の波の中で変革を迫られている。2025年度上期には営業損失277億円を計上し、通期でも関税影響を除いてようやく損益均衡という厳しい状況にある。こうした中、日産は系列部品メーカーとの関係を見直し、株式売却や調達先の多様化を進めている。ティア1部品メーカーは日産への依存度を下げつつ、北米やアジア市場での拡販を強化。自社のコア技術に集中し、他社との提携を通じて国際展開を加速させている。
2025年11月、日産のエスピノーサ社長は「米国でホンダと車両開発を検討している」と明言した。具体的な車種やEV・HVの区別には触れていないものの、パワートレインの共通化や米国市場での共同開発が視野に入っていると報じられている。この動きは、両社がそれぞれ進めている電動化投資と連動しており、高関税やコスト高に直面する米国市場での生き残り戦略として、協業の実効性が注目されている。
帝国データバンクの調査によれば、日産のサプライチェーンには約1万9,000社が関与しており、ティア1企業は売上高100億円以上の大手が多く、従業員ベースでも全体の約83%を占める。これらの企業はEV化やSDV(ソフトウェア定義車両)化への対応を迫られ、開発投資と人材確保に注力している。一方で、ティア1とティア2以下の企業との間には営業利益率で最大4.7倍の格差が生じており、サプライチェーン全体の持続可能性が問われる局面にもある。
国内販売の停滞と輸入車市場の対照的な動き
国内市場では新車販売が伸び悩んでいる。2025年10月の登録乗用車販売台数は前年同月比で8.3%減となり、EVやHVの普及が進む一方で、価格高騰や買い控えが影響している。軽自動車市場ではN-BOXが首位を維持しているものの、全体としては横ばい傾向が続いている。消費者の関心は高いが、「価格」「充電インフラ」「補助金制度の不透明さ」などが購買の障壁となっており、技術と市場の乖離が課題として浮かび上がっている。
一方で、輸入車市場は好調だ。2025年6月に輸入車の新規登録台数が24,954台となり、前年同月比111.4%という2桁成長を記録。とくにBMW MINIは前年の3倍以上の販売台数を達成した。フォルクスワーゲンやアウディなどのドイツ車も安定した人気を維持しており、都市部を中心にEVモデルの導入が奏功している。この対比は、単なるブランド力の差ではなく、消費者が求める「納得感」の違いに起因している。輸入車は、価格に見合った性能やデザイン、先進技術を明確に打ち出しており、EVに対する不安を払拭するモデルも増えている。一方、国内メーカーは電動化への対応を進めながらも、価格と性能のバランス、補助制度との整合性に課題を残している。
今後の焦点は、国内メーカーがいかにして消費者の期待に応え、電動化と価格戦略を両立させるかにある。輸入車市場の堅調さは、国内市場の停滞を映す鏡でもあり、業界全体がその構造的な課題に向き合う必要があるだろう。自動車業界は今、未来に向けた電動化投資を加速させる一方で、足元では新車販売の停滞という現実に直面している。このギャップを埋めるには、価格戦略の見直し、インフラ整備、制度設計の最適化が不可欠だろう。また、消費者の選択行動を冷静に見つめれば、EV一辺倒の供給ではなく、ガソリン車・ハイブリッド車・EVを含む多様な選択肢を提示する「フルモデル戦略」が求められているのである。
電動化は不可逆的な潮流である一方で、消費者は価格や使い勝手、充電環境、制度の整合性など、さまざまな要因を踏まえて購買を判断している。必要なのは技術の進化だけでなく、消費者が納得して選べる仕組みなのだろう。今後の自動車業界にとって重要なのは、「何を作るか」だけでなく、「誰に、どのように届けるか」という視点が必要かもしれない。電動化と販売実態の乖離を埋めるには、技術と市場の接点を明確に捉え、現実的で柔軟な商品戦略を構築することが望まれる。

