
タイ特派員 齋藤正行
タイ東北部ナコーン・ラーチャシーマー県(通称コラート県)で1月14日、建設中の高速鉄道高架線路からクレーンが落下し、走行中の旅客列車を直撃する事故が発生した。32人が死亡、64人が負傷する大惨事となった。翌15日にはバンコク西郊サムット・サーコーン県内のラマ2世通りで建設中の高架道路からやはりクレーンが落下、通行中の車両2台を押し潰して2人が死亡した。連日の重大事故は海外でも大きく報じられ、タイの建設業界全体の安全管理体制に厳しい視線が注がれることとなった。
「中国案件」への疑念
コラート県の事故現場は、タイと中国が共同で進める首都バンコク~東北部ノーンカーイ高速鉄道計画(第1期)の一部。同路線は、中国の「一帯一路」構想の南方延伸に位置づけられ、2023年に開業した中国・昆明~ラオス・ビエンチャンの高速鉄道に接続される。事故直後、多くのメディアが「中国関与の鉄道計画」と書き立て、中国外務省が「中国担当区間ではない」と、関与を否定した。
事故が起きた高架区間の施工を担当していたのは、タイ大手ゼネコン「イタリアンタイ・デベロップメント(ITD)」。中国国営企業は、少なくとも表向きには設計助言や技術協力の立場にとどまっており、中国外務省の発表は正しいといえる。ただ、同第1期のトンネル工事現場で2024年8月にトンネル崩落事故が発生し、中国人2人を含む作業員3人が死亡する事故が起きている。こうした事故が相次いだことで、「中国が関与する大型インフラ事業では重大事故が起きやすい」という印象が、タイ国内でも定着した。
ITDを巡っては、2025年3月に発生した地震で倒壊したバンコクの会計検査院(SAO)新本部ビル(当時建設中)でも、共同施工者だったことが知られている。89人が死亡し、倒壊は地震そのものよりも設計・施工上の欠陥や規制逃れが主因だったと結論づけられた。
こうした経緯を受けてタイ政府は今回、ITDを公共事業から排除する方針を打ち出し、刑事・民事両面での責任追及を進めている。ただ、ITDは長年にわたって多くの国家プロジェクトを担ってきた実力を誇る。「ITDは象徴的存在であり、問題の本質はタイ建設業界全体の安全文化にある」とみる向きが多い。タイ政府はSAOビル倒壊を受け、高速鉄道計画第2期については「タイ主導」を明確にし、中国の関与を最小限に抑える方針を示していた。しかし、今回の事故で露呈したのは、中国依存への警戒以前の、タイ自身の施工管理能力や現場統制の脆弱さだった。
コラート県の事故現場では、列車通過時には工事を停止するという安全規則が守られていなかった可能性が指摘されている。専門家は、個別の技術ミスだけでなく、監督体制の甘さ、規制の形骸化、利害関係者の癒着といった構造的問題が背景にあると警鐘を鳴らす。
中国の存在感と「選択肢のなさ」
タイを南北に貫く高速鉄道は、中国にとっても一帯一路構想の中核をなす戦略路線だ。ノーンカーイ~バンコク区間が完成すれば、バンコク~タイ南部~マレーシア~シンガポールと、マレー半島縦断の高速鉄道の開発・実現に移る。タイ政府が「タイ主導」を掲げたところで、すべてがうまく進むのだろうか。
「中国の影響力を排除すれば安全が確保されるわけではない」という現実が、今回の連続事故によって浮き彫りとなった。


