王子製紙、退職一時金制度を廃止へ

 王子製紙が2026年春入社以降の社員を対象に退職一時金制度を廃止し、その原資を月給へ上乗せする方針を示した。これは、日本型雇用の転換点として大きな意味を持つ。従来の日本企業は、長期勤続を前提とした後払い賃金モデルとして退職金制度を採用してきた。しかし、若年層の価値観の変化、転職市場の活性化、中途採用比率の上昇、企業の財務リスク管理などが重なり、このモデルは持続性を失いつつある。今回の決断は、こうした構造変化に対する先行的な対応といえる。

 最も大きな理由は人材獲得競争の激化である。王子製紙が求める機械・電気系の技術人材は、半導体やエネルギー、プラント業界との争奪戦が激しく、採用難が続いている。2025年春のプラントエンジニア採用は目標の7割にとどまり、従来の待遇では若手を惹きつけにくくなっていた。若年層の間では「将来の退職金より今の給与」を重視する傾向が強まっており、退職金原資を初任給や月給に振り替えることは採用競争力を高める現実的な選択だった。

 また、中途採用比率の急増も制度見直しを後押しした。王子製紙では中途採用比率が2021年度の約1割から2025年度には約5割へと増加している。勤続年数に応じて支給額が決まる退職一時金は、新卒一括採用と長期勤続を前提とした制度であり、中途採用が半数を占める状況では公平性を保ちにくい。制度そのものが人材戦略と整合しなくなっていた。

 労働者側では、退職金という後払い報酬が縮小し、毎月の給与に振り替えられることでキャリア初期の社員の可処分所得は増える。一方で、長期勤続を前提とした資産形成の仕組みは弱まり、個人がNISAやiDeCoなどを活用して自ら老後資金を準備する必要が高まる。企業依存型から自己選択型の資産形成への移行が進む一方、金融リテラシーの差が将来の生活格差につながるという課題も残る。

 既存社員の制度は維持されるものの、新旧制度が並行するため、社内での運用や説明には一定の配慮が求められる。新入社員は高い初任給を得る一方、既存社員は従来制度のままという二層構造が生まれるため、賃金体系の透明性や公平性について丁寧な説明が求められる。

 企業経営の視点では、退職給付債務の縮小が大きい。退職金制度は将来の支払いを約束するため、企業のバランスシートに長期負債として積み上がる。とくに紙パルプ業界のように設備投資負担が大きく景気変動の影響を受けやすい産業では、この負債を軽くすることが経営の柔軟性を高める。中途採用比率が高まる中で、勤続年数に依存する退職金制度は公平性を欠き、採用競争力を損なう要因にもなる。月給重視型の制度は即戦力人材を獲得しやすい点でも合理的だ。

 ただし、短期的な給与上昇は人件費の固定化につながり、景気後退局面ではコスト圧力が高まる可能性がある。退職金は業績に左右されにくい後払い報酬だったが、月給への振替は景気変動の影響を直接受ける。企業は成果主義や職務給といった制度と併用し、人件費の管理体制をより柔軟なものへと見直す必要がある。

 王子製紙の決断は、日本型雇用が依拠してきた長期雇用・後払い賃金から、流動性と即時報酬を重視する新しいモデルへの移行を象徴しており、他の大企業にも波及する可能性が高い。

王子製紙は、2026年春入社以降の社員を対象に退職一時金制度を廃止すると発表した。