最新iPhoneにみる、手のひらサイズのグローバリズム

アメリカ特派員 今西三千絵

 

 こんにちは、カリフォルニア州北部のシリコンバレーで働く30代女性筆者です。

 アメリカにはThanksgiving(感謝祭)という祝日がある。11月の第4木曜日、家族で食卓を囲み、日々の恵みに感謝する文化だ。そしてこの時期に始まるのが、”Black Friday(翌日の金曜日)”から”Cyber Monday(その翌週の月曜日)”へと続く怒涛のセール週間。モールもデパートもECサイトも一斉に値引きを打ち出し、待ってましたと言わんばかりに国を挙げての盛大なセール期間に突入する。

 中でも人気の一つはApple製品だ。いわゆる型落ちと呼ばれる1-数世代前のiPhoneやiPadは現地の小売店を通じて大きく値引きされ、飛ぶように売れていく。最新iPhoneはセール対象にこそならないけれど、9月に発売される新モデルがちょうど認知され、欲しい気持ちが高まるこのタイミング。財布の紐がゆるみ、「せっかくだし」と手を伸ばす人は少なくない。Appleの巧みな戦略は、ホリデーシーズンの浮かれた空気を見越しているのだろう。

ホリデーシーズンのApple store(Apple Valley Fair店, Santa Clara)

最新iPhoneの頭脳、半導体チップはどこで作られる?

 ところで、最新iPhoneの性能を決定づける最重要部品は、どこで、どのように作られているのだろうか。iPhoneの心臓部ともいえるのがSoC(System on a Chip)だ。SoCとは、CPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理装置)など複数の機能を1つのチップに統合した半導体のこと。これがスマートフォンの処理速度やバッテリー効率を左右する。

 AppleはSoCの設計を自社で行うが、製造は外部に委託している。こうした設計専門の企業形態を「ファブレス」と呼ぶ。一方、その製造を請け負うのが「ファウンドリ」と呼ばれる受託製造企業であり、その代表格が台湾のTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)である。

TSMC一強という現実と地政学的リスク

 TSMC は、圧倒的だ。ファウンドリ市場全体で同社のシェアは約67%、中でもいわゆる先端半導体でのシェアは90%に上る。文字通り、他社の追随を許さない。その理由は、技術的難易度にある。半導体の製造工程は1000以上にも及び、各工程で極めて高い精度が求められる。回路の線幅はわずか数ナノメートルだ。髪の毛の太さが約10万ナノメートルであることを考えると、その微細さを想像いただけるのではないだろうか。

 まさにウルトラC級の難易度である。それだけではない。設備投資もまた、桁違いだ。先端半導体工場の建設には200億ドル(約3兆円)以上がかかるとされる。そして2025年現在、Appleの要求水準を満たすチップを作ることができるのは、世界中どこを探してもTSMCだけなのである。

 こういった一極集中は、技術的合理性からすれば自然な帰結かもしれないが、一方で、供給の安定性の観点からはリスクともされる。そして実は、リスク要因は技術面だけではない。Appleに対してチップを提供するTSMC、その周辺にはオランダのASMLやアメリカのApplied Materials、日本の東京エレクトロンといった装置メーカーがしのぎを削り、また彼らを取り巻くコンポーネントメーカーがひしめき合う。チップ製造に使われる特殊ガスや材料は中国、ロシアを含む世界中から提供される。産業構成は複雑で、世界中との相互作用の中にある。

出典: CSIS(戦略国際問題研究所)等を参照・筆者作成

 このサプライチェーンには、当然、米中関係の緊張、輸出規制や関税政策といった国際情勢が絡み合う。たとえば仮に、国際情勢が不安定化すれば、半導体の材料供給が滞りチップが作れず、iPhoneが私たちの元へ届かない可能性がある、といった具合だ。

 こうした技術以外の要因から生じるリスクを総称して「地政学的リスク」と呼ぶ。私たちが普段当たり前のように最新テクノロジーを享受できているその裏側では、常にこういった産業構造とそれに伴うリスクがある。

 ちなみに筆者のホリデーシーズンの戦利品はというと、Anker社の小型充電器。手のひらサイズなのにノートPCもスマホも同時に急速充電できる高出力、という売り文句だ。先端技術であるGaN(窒化ガリウム)技術が使用されている。GaNとは、従来のシリコン半導体に比べて電気抵抗が低く、熱に強い特性から、高出力でも安定に動作する。ここでGaNの材料となるガリウムは、中国が世界生産の80-90%を占めている。充電デバイスをひとつとっても、地政学的リスクと無縁ではない。

 さて本記事では、iPhoneから掘り下げた半導体産業構造と、そこに潜む地政学的リスクを紹介した。ますます薄型化、小型化が進む電子機器を何気なく手に取るわたしたちだが、じつは知らないうちに半導体産業の最前線に触れている。同時に、背後のグローバル経済と、その裏側に潜む地政学的リスクにも対面している。

 さながら、手のひらにおさまるサイズのグローバリズムといったところだろうか。あまりに身近だからこそ普段は意識しないが、ふと、この手のひらの上のグローバリズムに思いを馳せてみるのはいかがだろうか。