世界一のモーターメーカーはなぜ揺らいだのか

 ニデック(NIDEC CORPORATION)は、京都府京都市に本社を構える世界最大級の総合モーターメーカーである。1973年の創業以来、「すべての回転するものにニデックのモーターを」という理念のもと、精密小型モーターから車載用・産業用の大型モーターまで幅広い製品群を展開し、グローバルに事業を拡大してきた。パソコンや家電製品に使われる小型モーターでは世界トップシェアを誇り、近年では電気自動車(EV)向けの駆動モーターや電動パワーステアリング用モーターなど、車載分野への進出を加速させている。さらに、冷蔵庫やエアコンなどの家電、工場設備やロボットなどの産業機器向けにも高効率モーターを供給しており、社会のあらゆる「動き」を支える存在としての地位を確立している。

 この成長を支えてきたのは、創業者・永守重信氏による積極的なM&A戦略である。国内外のモーター関連企業を次々と傘下に収め、技術力と市場シェアを拡大してきた結果、現在では世界40か国以上に拠点を持ち、従業員数は10万人を超える規模に達している。2025年3月期の連結決算では、売上高2兆6,070億円、営業利益2,402億円、経常利益2,333億円と、いずれも前年を上回る増収増益を達成し、営業利益率は9.2%に達した。

会計不備の発覚と監査法人の判断

 2025年6月26日、ニデックは「海外子会社における不適切な会計処理の疑いがある」として社内調査の開始を公表した。これを受けて、翌7月には第三者委員会の設置が決定され、調査対象はイタリア、中国、スイスなど複数の海外子会社に拡大された。9月には監査法人であるPwC Japan有限責任監査法人が、2025年3月期の有価証券報告書に対して「意見不表明」を表明し、問題の深刻さが改めて浮き彫りとなった。そして10月28日、東京証券取引所はニデックを「特別注意銘柄」に指定し、同社は日経平均株価の構成銘柄からも除外された。

 この一連の流れは、企業統治と内部統制の不備が市場の信頼をいかに損なうかを示す典型例であり、ニデックにとっては技術力だけでなく、経営の透明性と制度的信頼性の再構築が急務となっている。発覚した会計不備は複数の海外子会社に及んでいる。イタリア子会社では、中国製モーターを「イタリア製」と偽って米国へ輸出し、最大65%の関税を回避していた。中国子会社では、仕入先からの値引きに相当する約2億円の購買一時金を適切に会計処理せず、利益を水増ししていた。スイス子会社では、車載インバーター事業において関税の過少申告や輸出手続き違反が複数年にわたり継続していた。

 こうした問題の背景には、急速なM&Aによる事業拡大に伴う内部統制の未整備がある。加えて、創業者・永守重信氏の「業績至上主義」が社内に根強く残っていたことが、現場における数字優先の風土を助長したと指摘されている。これらの状況を踏まえ、PwC Japan有限責任監査法人は、財務諸表の適正性について判断するための十分な監査証拠が得られなかったとして、「意見不表明」という異例の監査意見を表明した。これは、企業の財務報告の信頼性が著しく損なわれたことを意味する。

 現在、ニデックは第三者委員会による調査を継続しており、社内調査や外部専門家による検証にも全面的に協力する姿勢を示している。東京証券取引所による「特別注意銘柄」の指定は原則として1年間であり、2026年10月までに内部統制の整備と運用を完了し、審査に合格しなければ、監理銘柄を経て上場廃止となる可能性がある。

技術と信頼の両立に向けた再構築へ

 この難局のかじ取りを担うのが、2024年に社長に就任した岸田光哉氏である。岸田氏は1960年生まれ、香川県高松市出身。京都大学教育学部を卒業後、1983年にソニーに入社し、米国赴任や生産戦略部門、本部長職などを歴任。2013年にはソニーイーエムシーエスの代表取締役社長、2018年にはソニーモバイルコミュニケーションズ社長を務めた。2022年にニデックへ転じ、常務執行役員として車載事業を担当。2024年4月に社長執行役員、同年6月に代表取締役社長執行役員に就任し、2025年4月には最高戦略責任者も兼務している。グループ各社の取締役会長も兼任し、現場主義とグローバルな製造知見を活かして、ニデックの第二創業期を牽引している。

 企業統治の観点では、過去に類似する事例として、新興IT企業であるクシムが2024年10月期に太陽有限責任監査法人から「意見不表明」を受け、内部統制の改善が進まず2025年に上場廃止となったケースがある。また、東芝も2015年以降の不正会計問題により、PwCあらた有限責任監査法人から2017年に「限定付き適正意見」を受け、長期にわたり特設注意市場銘柄に指定された。最終的には2023年、公開買付けによる非上場化を選択し、東証プライム市場から上場廃止となった。

 ニデックは、技術革新と環境対応型製品の開発に力を注ぎながら、企業統治と透明性の再構築に取り組んでいる。今後の対応と改善の進展は、企業価値の回復と持続的成長に直結すると期待されており、その成否は今後の対応にかかっている。