一帯一路による地政学的リスク分散

中国特派員 斉海龍

地政学的リスクの高まりと国際秩序の分断

 地政学とは、国家が置かれた地理的環境が、その政治・軍事・経済上の行動にいかなる影響を及ぼすのかを分析する学問である。国家の立地条件、周辺環境の安定性、資源の有無といった要素は、外交関係や経済発展の方向性を長期的に規定してきた。現在、世界は地政学的リスクが頻発する不安定な時代に直面している。英国のEU離脱(ブレグジット)による欧州経済の構造変化を含め、中米貿易摩擦、新型コロナウイルス感染症の世界的流行、ロシア・ウクライナ紛争などは、既存の国際秩序と経済システムを大きく揺るがし、世界経済の不確実性を著しく高めている。

 とくにロシア・ウクライナ紛争の勃発以降、米国および欧州連合(EU)諸国は、輸出管理・禁輸措置、経済制裁、懲罰的関税などを組み合わせ、対ロシア貿易および投資を制限してきた。これらの制裁はロシアとの直接取引にとどまらず、中国を含む第三国との関連取引にも拡大されつつあり、制裁の域外適用が常態化している。

サプライチェーン分断と中国企業を取り巻くリスク環境

 経済制裁や輸出入検疫の強化、国境封鎖といった措置は、グローバル・サプライチェーンの脆弱性を一層顕在化させた。サプライチェーンが長期化し、生産工程が複雑化し、関係国の利害関係が増大するほど、政治的要因による取引リスクは拡大する傾向にある。

 こうした状況下では、企業の生産・経営活動は、従来の経済合理性のみならず、地政学的リスクを前提とした意思決定を迫られる。中国企業の海外投資や国際協力も、この構造変化の影響を強く受けており、特定国・特定市場への依存度を見直す必要性が高まっている。

データにみる中国企業海外展開の構造的変化

 このような国際環境の変化は、中国企業の海外投資データにも明確に表れている。アーンスト・アンド・ヤング大中華圏が発表した『2025年上半期 中国海外投資概覧』によれば、2025年上半期における中国の全業種の対外直接投資額は800億米ドルとなり、前年同期比で6.2%減少した。非金融分野の対外直接投資額も722億米ドルと、前年同期比で0.5%減少している。

 2025年上半期、中国の「一帯一路」関連投資は歴史的な高水準に達した。建設請負契約総額は662億米ドル、投資額は約571億米ドルとなり、いずれも過去最高を記録した。

 分野別では、エネルギー関連協力額が420億米ドルと2024年上半期比で約100%増加し、とくに石油・ガス分野は約440億米ドルと前年通年実績を上回った。再生可能エネルギー分野も97億米ドルと新記録を更新し、新規設備容量は約11.9GWに達した。さらに、金属・鉱業分野(約249億米ドル)および科技・製造業分野(約232億米ドル)でも過去最高水準が確認された。これは、中国企業の海外投資が一律に縮小しているのではなく、投資先の選別が進んでいることを示している。

 中国企業が発表した海外M&Aについては、総額196億米ドル(前年同期比79%増)と大きく増加した一方、取引件数は200件(前年同期比7%減)にとどまった。とくに、5億米ドル超の大型案件は前年同期の6件から14件へと増加しており、海外展開が「量」から「戦略性」へと転換していることがうかがえる。

アーンスト・アンド・ヤング大中華圏が発表した
『2025年上半期 中国海外投資概覧』
一帯一路の関連投資は歴史的な高水準に達した

米国主導の制度的圧力と「一帯一路」という選択

 中国企業が直面する地政学的リスクの重要な要因の一つは、米国政府の対中政策である。米国国家情報会議(NIC)が公表した『グローバル・トレンド2040:競争が一層激化する世界』では、今後20年間、世界的影響力をめぐる競争が冷戦終結以降で最も高い水準に達する可能性が指摘されている。

 トランプ政権以降、米国はサプライチェーンの再構築を通じて中国の産業発展を抑制する戦略を明確化してきた。中国のハイテク企業に対する制裁や、米国証券取引委員会(SEC)による上場審査の強化、百度・京東・拼多多を含む100社以上の中国企業の「上場廃止予備リスト」掲載は、その象徴的な事例である。

 このような分断が進む国際秩序の下で、中国当局および中国企業は、米国主導の経済封鎖や制度的排除に対する現実的なリスク分散策として、「一帯一路」を重視する姿勢を強めている。一帯一路は、投資先の多元化とサプライチェーンの再配置を通じて、地政学的リスクを分散するための枠組みとして機能しており、中国企業にとって不確実性の高い国際環境下での合理的な選択肢となっている。