米国はメキシコなしに製造業を取り戻せるのか

メキシコ特派員 鯨岡繁

 TMSAコネクテッドの第4回投稿は各国共通テーマの「地政学リスクとその影響」と決定され、TMSAコネクテッドに既にアップされておりますが、小職の第4回投稿では、「メキシコの立ち位置から米墨両国間の国境を巡る歴史」に触れました。本稿及び最終回の次回第6回投稿にて 地政学リスクを更に深耕する考えで書き始めております。

相互依存が形づくる米墨国境の力学

 上智大学のイベロアメリカ研究所のセミナーが2025年10月24日に開催されました。米国とメキシコの国境地域の経済史、米国とメキシコの関係、金融危機を中心に研究しておられるカリフォルニア大学サンディエゴ校 アメリカーメキシコ研究センターの上級研究員でありますジェームズ・ガーバー(JamesGerber)名誉教授の講演を拝聴する機会を得ました。

 講演では、米墨国境地帯における経済史、米墨間の関係と財政危機が主要テーマでありましたが、国境は国家間の地理的な境界線であることから、同教授のプレゼンの結論冒頭に示されていた「国境地域における手に負えない問題は、メキシコやアメリカのどちらか一方だけでは解決できない。相互に依存している。」が正統な発想かと考えますが、今や大国の一方的な利益の為の正義が力でまかり通る時代にあって、米国で国境関係を正統に研究しておられる先生のご努力に敬意を表します。

 第4回投稿に記述致しました「Treaty relating to the Utilization of Waters of the Colorado and Tijuana Rivers and of the Rio Grande(通称「1944年水利条約」)」に関し、地球温暖化の影響と言われておりますが米墨間に横たわる乾燥平原地帯での降水量が減少している事実に関し、正に米墨政府の専門機関の間で当該水利条約を科学的に公正に再評価する事が不可欠であり、その事が先生の結論の最後に挙げられているIGOの役割と期待したいものです。しかし米国ファーストの思想ではそれは夢物語なのでしょうか? セミナー会場にて撮影したプレゼンの最終ページのスライドを文字に起こします。

Conclusions:
・Intractable problems in the border region cannot be solved by Mexico or the US. We are interdependent.
・Most issues do not have solutions that eliminate the problem:
 They can only be managed. Harm reduction should be a major goal.
・Communities along the US-Mexico border are natural partners; their interdependence persists even in adverse political climates.
・The large number of international public goods in the border region require new governance institutions: intergovernmental organizations (IGOs).

NAFTAからUSMCAへ。再設計の背景と争点

 さて、米国・メキシコ・カナダの三か国間にUSMCAと称しますFTAが機能しております。USMCAは2020年7月1日に発効し、協定そのものについては6年間ごとに3国間で見直しを行うことが規定されています。つまり、2026年は一回目のレビューの年に当たります。後述致しますが、非常に悩ましい事は、現米国政権はREVIEWではなくRE-NEGOTIATIONを狙っていると報道されていることであります。尚、この協定は各署名国によって異なる呼ばれ方をしており、どの国でもUSMCAが通用するものではありません。

 アメリカでは「United States–Mexico–Canada Agreement(USMCA)」ですが、カナダの英語では「Canada–United States–Mexico Agreement(CUSMA) 」と。カナダの仏語では「Accord Canada–États-Unis–Mexique (ACEUM)」。メキシコでは西語表記で「Tratado entre México, Estados Unidos y Canadá (T-MEC)」であります。本稿では日本で通用しているUSMCAを使用致します。

 USMCAの前身は1994年1月1日に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)で、NAFTAがUSMCAへ変わった背景には第一次トランプ政権の「製造業を米国へ取り戻す」という政治思想が働いています。総括的に見ますと、以下の点に違いが顕著に現れています。

 ✓ 米国製造業(特に自動車)を保護する強化策
 ✓ メキシコの労働環境の改善を義務化
 ✓ デジタル貿易など現代的ルールを追加
 ✓ 長期的に再交渉リスクを抱える制度(サンセット)導入

 筆者のライフワークである「メキシコ✕自動車部品」という観点からは、自動車の原産地比率の要件強化により、NAFTAでは62.5%であったものがUSMCAにあっては75%へ引き上げられた事が衝撃的でした。現存するFTAで原産地比率が75%と言う高率の規制は他には無いと仄聞しております。この高率の原産地比率を米国政権は更に高めようとしているとの報道には驚きを隠せません。メキシコに進出をしている自動車部品メーカーにとって顕著な地政学的なリスクの一つと言えます。

 スタンピング加工メーカーにとってサプライチェインの変更が余儀なくされますので、鋼材ミルの材料選定はもとより、米国産鋼材の安定供給性の確認、コイルセンターでの加工性、その間のロジスティック問題の有無、溶接ワイヤーの相性、EDコーティング塗装の可否、更には製品としての強度耐久性の再確認、北米でしたら塩水試験の継続等々、多大な費用と時間を費やさざるを得ない環境が出現します。OEMはこれらの費用を負担しないでしょうから、実施する場合にはランチェンではなくFMCに適用と言う事になりましょう。

米国輸入市場で進むメキシコの存在感拡大

 メキシコはその輸出の大半が米国向けであり、アメリカにとって重要な貿易相手国と言う事をご承知の方は多くいらっしゃると思います。従前は中国がトップの地位を固めておりましたが、現在ではメキシコが輸出国としてトップに記録されています。手持ちのUS Census Bureauの統計データを活用して、米国の輸入供給国ランキングの変遷を以下に取り纏めます:(単位B=10億米ドル)

2020 年1位:中国 ($432B) → 2位:メキシコ ($324B) → 3位:カナダ ($270B)
2024 年1位:メキシコ($503B) →  2位:中国($439B) →  3位:カナダ($412B)

 アメリカの中国排除政策の結果と言えますが、メキシコ政府もアメリカ政府に呼応して中国を含めた非FTA締結国からの輸入品に関税を課す事を決定済みであります。この様に、USMCA発効以降、メキシコが米国最大の輸入パートナーに台頭し、長年首位だった中国を上回る流れが実際の金額ベースでも確認されています。メキシコとカナダが如何にアメリカにとって重要な貿易相手国であるかをデータが明白に証明しております。

 では、メキシコの全輸出の何%がアメリカ向けなのかをモノの貿易統計で確認致します。メキシコは米国へのモノの輸出に強く依存しており、自動車・電子機器・機械・医療機器等の高付加価値製品が多く輸出されています。その割合について、「総輸出の8割以上が米国向け」と言われており、メキシコの米国への輸出依存度の高さを示しています。

2024年メキシコの総輸出額(世界)          約618.98 億ドル ・・ (A)

2024年メキシコの米国向け輸出額           約503.26 億ドル ・・ (B)

2024年米国向け割合(米国への依存度)   (B)/(A)x100    81.3% = 約81%〉80%

 第4回の投稿に記しましたが、メキシコは米国と1,951マイル(=約3,141KM)の国境線を有しており、製品の輸送は何カ所もある国境税関を通じて陸送で対応出来ています。また、メキシコではFORDが1925年に初めてメキシコシティで車の組み立てを開始しており昨年は丁度100周年記念の年でありましたが、小職がメキシコビジネスに関与しております直近の20年間ですら自動車部品メーカーに勤務するメキシコ人従業員の製造技量の向上は特筆に値すると思います。

 欧米系、日系、韓国系と多彩なOEMがメキシコで自動車の量産を継続しており、且つ主要部品メーカーも数多く量産に従事している事から、メキシコで生産された自動車は米国市場のみならず世界中で品質に問題無く販売されています。

 他方、OEMの給料については、実勢で「米国の約 1/4〜1/10 程度」という賃金格差が存在していると言えます。具体的には、GM 米国工場(UAW)の組立現場労働者時給が約 $30/時(2027年迄の労働協約)に対して、GMシラオの現場組立労働者の実勢時給は職能の差は有りますが今でも約 $3~$7/時(USD換算)であります。

 係る背景から、何故GMなどデトロイト3はトランプ政権から関税圧力を受けていながらメキシコの工場を閉鎖せず従前に増して売れ筋の重要モデルを生産しているのかが読み解けます。この事実が、正に世界の有力部品メーカーがメキシコに工場を建設した理由であり、NEARSHORINGと命名されたメキシコの立ち位置でありますが、それがメキシコの強みであると同時に、弱みでも有ると言えます。

自動車産業が映し出す米墨相互依存の実態

 メキシコにとってもアメリカにとっても、強みと弱みはコインの表裏であると考えます。メキシコだけがアメリカに従属的な弱い立場に居る訳ではありません。アメリカの大統領は合衆国軍最高司令官であり、謂わば、オールマイティであります。その大統領がディールに臨んで来た時、受け手のメキシコの大統領にとって相当なプレッシャーでしょうが、女性初のクラウディア・シャインバウム大統領は就任以降今日に至るまで科学者の明晰さを以って冷静な対応を行っております。

 自動車に照らし合わせますと、米国がUSMCAから脱退するとか、メキシコ製品の全面輸入禁止を発表した場合、メキシコで量産をしている米系のOEMが完成車を輸入できなくなるだけでなく、米国で組み立てられている完成車の3割程度はメキシコで生産された構成部品を組み入れているとの報道から、米国で製造業を復活させるとの大統領の思いが成就出来なくなることを米系OEMは米国政府にインプットしているものと容易に推測できます。

  先に「USMCAには長期的に再交渉リスクを抱える制度(サンセット)が導入」されていると白抜きで書きましたが、サンセット条項とは途中で協定が自動的に消える仕組みではなく、あくまで 「16年後に存続するかどうかを決める制度」であります。トランプ政権がUSMCAからの脱退を時々公言していますが、途中で効力が失われるケースはサンセット条項ではなく、別の条項に基づく仕組みであります。

①脱退条項(第34.6条):いずれかの国が 6か月の事前通告で脱退可能。この場合、その国については 途中で効力が喪失します。脱退国を除き、協定は残る締約国間で引き続き効力を有します。つまり、協定全体が崩壊するわけではなく、二国間FTAとして「自動的に存続」するという構造です。

②重大違反に伴う紛争・制裁:協定違反により関税復活などはあり得ますが、USMCA全体が途中で消滅することはありません。

 つまり、USMCAは、締約国の一国が脱退した場合でも、残る二か国の間では自由貿易協定として引き続き効力を有する仕組みとなっています。法的には自動存続出来ますが、現実には、残る二か国が協定をそのまま使い続けるか、或いは修正交渉を行い新たな二国間FTAを結び直すという選択肢を持つ事になります。

 「USMCAは、締約国の一国が脱退した場合でも、残る二か国の間では自由貿易協定として引き続き効力を有する仕組みとなっている。」という理解が、法的にも制度的にも正確と言えます。昨年12月初旬にUSTRのGREER長官がUSMCAに関し何度か下記①とか②の発言をしていましたが、DEALの為の時間稼ぎではないかと感じます。

①Greer suggested that President Trump might decide to pull out of the USMCA next year, despite the deal’s text advocating for members to remain until at least 2036.

②Greer also suggested negotiating with Canada and Mexico separately, potentially breaking the deal into two parts. He pointed out the distinct labor conditions, manufacturing dynamics, and trade profiles of the two countries.

 前者①の場合既報の通り米国がUSMCAから今年突然脱退した場合、米国で生産されている3割程度のモデルは完成車に組付けられないことから有り得ないと考えます。後者②については、米国が複数国とのグループDEALを嫌い二国間協定を好んでいる事から、以下の様な図式を意識しているものと考えます。扨、どうなりますか?

 メキシコの積極的なリスク分散策としては、メキシコにとって自由貿易は生命線でありますから、アメリカとの貿易関係を維持した上で、現有している数多くの国々との交易を強化する事と、以下の表のFTA締結国を今後一層拡大することではないでしょうか?

 NEARSHORINGからRESHORINGへの転換過程の一里塚として。

 第5回投稿は以上であります。トランプ大統領の大統領令に基づく報復関税に関し、その根拠をIEEPA(国際緊急経済権限法)に準拠した事に対する最高裁の評決が間もなく下されますので、その結果を最終となる第6回投稿に反映できるように注視して参ります。