インド特派員 石﨑奈保子
2026年2月、ニューデリーで開催された「India AI Impact Summit 2026」は、インドが単なるAI利用国やIT人材供給国から、AI時代の国際ルール形成を担う存在へと踏み出したことを強く印象づける場となった。100か国以上から政府要人、国際機関、そしてOpenAI、Google、Microsoft、Anthropicなど世界のAI中核企業が集結し、同サミットは「グローバル・サウス初の本格的AI国際会議」として注目を集めた。

サミット最大の焦点は、モディ首相が打ち出した「MANAV Vision」。MANAVとは、偶然にも日本語の「学ぶ」を連想してしまうものだが、ヒンディー語で「人間」を意味するそうだ。AIは効率や競争力のための道具ではなく、「人間の尊厳と社会的包摂を中心に設計されるべきだ」という理念を明確に打ち出したものである。倫理(Moral)、説明責任(Accountability)、国家主権(National sovereignty)、包摂性(Accessible & inclusive)、正当性(Valid)という要素を軸に、AIガバナンスの新たな枠組みを提示した点は、EUの厳格規制型、中国の国家統制型とも異なる「第三の道」として国際的な関心を集めている。
インドの特徴は、「規制先行」ではなく「実装先行」にある。EUがAI法でリスク分類と罰則を重視する一方、インドは新たな包括的AI法を制定せず、既存のIT法や個人データ保護法を土台に、原則ベースでのガバナンスを選択した。過度な規制がイノベーションを阻害することを避けつつ、社会的影響の大きい領域では政府が明確に関与するという、極めて現実主義的なアプローチである。
この姿勢は産業政策にも表れている。政府主導の「IndiaAI Mission」では、数万規模のGPUを国家計算資源として整備し、スタートアップや大学、行政機関が共同利用できる環境を構築中だ。狙いは、米国の巨大モデルに対抗することではない。多言語・低コスト・公共サービス向けという、インド固有の社会課題に適応したAIを迅速に社会実装することである。実際、農業、医療、教育、行政分野でのAI活用事例は急速に増えており、「使われるAI」の規模では世界最大級の市場となりつつある。
さらに見逃せないのが、AIインフラを巡る動きだ。再生可能エネルギー比率の高さを背景に、インドは次世代AIデータセンターの有力立地として浮上している。大手財閥や海外企業による巨額投資が相次ぎ、AIと脱炭素を同時に成立させる新興拠点としての存在感を高めている。
日本製造業へのメッセージ
India AI Impact Summit 2026が日本の製造業に投げかける最大のメッセージは、インドを単なる生産拠点やIT人材供給国として見る時代が終わりつつあるということであろう。インドは今や、AIを前提とした産業・社会の設計思想そのものを打ち出し、国際的な議論を主導し始めている。この会議によって、もはやインドは、「技術を売る相手」から「共に産業を設計するパートナー」へと移行しつつあるということを認識させられた。
