アメリカ地政学の核心、中露二正面対応の脅威

アメリカ特派員 藤吉孝太郎

 国際環境が大きく揺れるなか、各国は政治・経済・安全保障の各分野で地政学的な判断を迫られている。アメリカも例外ではなく、自国の安全保障と国際秩序の維持という二つの課題に同時に向き合う状況が続く。とりわけ中国とロシアは異なる手法でアメリカ主導の国際秩序に挑み、アメリカは中露二正面対応の脅威にさらされている。両国が互いの弱点を補完する形で接近を強めている点も、アメリカにとって新たな不安要因だ。

 アメリカが最も警戒するのは、中国が推し進める「中国型大国モデル」の台頭である。アメリカ型の民主主義や市場経済とは異なる統治方式と発展モデルを提示し、台湾統一や南シナ海支配を歴史的使命として位置づける。中国は一帯一路を通じてユーラシアやアフリカに経済圏を広げ、BRICS拡大で新興国を取り込み、人民元決済など独自の金融インフラを整備することで、ドル中心の国際経済システムに代わる新たな枠組みの構築を狙う。

 半導体やAI、通信インフラなど戦略産業では競争環境の再編が進み、中国は主導権確保を狙ってアメリカ企業の事業基盤を揺さぶっている。アメリカはHuaweiの通信インフラからの排除や、SMICへの先端半導体製造装置の供給禁止など、特定企業を対象とした規制を強化している。もはや貿易摩擦の域を超え、先端技術の支配権をめぐる戦略競争の様相を呈している。サプライチェーンの多くが中国に依存してきた現実は、生産体制の脆弱性を浮き彫りにした。こうした状況を受け、アメリカ政府は国内回帰や同盟国との供給網再構築を急いでいる。

 人民元決済の拡大は、アメリカ企業が享受してきたドル体制の優位性を揺るがす可能性をはらむ。さらにロシアとの接近が進めば、エネルギーや資源分野での中ロ連携が強まり、アメリカ企業が直面する地政学リスクは一段と高まる。ロシアもまた、アメリカに対する圧力を強めている。軍事力とエネルギー資源を武器に既存秩序を揺さぶり、ウクライナ侵攻を通じて欧州の安全保障環境を不安定化させた。戦争の長期化はアメリカの軍事支援と財政負担を押し上げ、欧州同盟国との調整も難しくしている。ロシアが中国との戦略的接近を強めることで、アメリカは欧州とインド太平洋という二つの中核的地域で抑止力を維持する必要に迫られている。

国家安全保障の負担増大

 軍事面でも中国の動きはアメリカの負担を一段と高めている。この20年で中国海軍は急速に拡大し、艦艇数ではすでにアメリカを上回った。空母「山東」や055型駆逐艦の就役は外洋進出の本格化を象徴する。台湾周辺では戦闘機や爆撃機の防空識別圏(ADIZ)進入が年間千回規模に達し、海軍艦艇による包囲演習も常態化した。台湾海峡の現状を既成事実化しつつ、アメリカの抑止力を探る意図がうかがえる。

 アメリカは日本との同盟を軸に関係国との防衛協力を強化している。自衛隊との共同訓練の拡大や在日米軍の役割見直しが進むほか、フィリピンでは、米軍のアクセス拡大を認めるEDCA(防衛協力強化協定)に基づき追加拠点の使用が認められ、南シナ海でのプレゼンスを高めている。オーストラリアとはAUKUS(オーカス)を通じ、原子力潜水艦の共同開発を含む先端技術分野での協力を深めている。

 ロシアのウクライナ侵攻を契機にエネルギー市場は不安定化し、原油・天然ガス価格の高騰がアメリカ企業の生産コストを押し上げた。欧州向け供給網の混乱は世界的な物流の逼迫を招き、製造業や輸送業にも影響が及んだ。ロシアへの制裁強化は金融・資源取引に制約を生み、国際企業の事業リスクを高めている。ロシアが中国との戦略的接近を強めることで、エネルギー・資源・物流の三分野でアメリカ企業の負荷は増大している。さらに、ロシアが中東やアフリカで影響力を拡大させる動きは資源調達の競争を激化させ、アメリカ企業の調達戦略にも不確実性をもたらしている。アメリカは中露二正面対応の脅威にさらされている。

 多極化が進む世界では、アメリカ主導の自由主義的秩序と、中国・ロシアが推し進める国家主導型の代替秩序という“二つの秩序圏”が並行して形成されつつある。両者の圧力は政治や軍事にとどまらず、アメリカ産業界の競争力を揺るがす構造的脅威となりつつある。アメリカがいかに対応するかが、今後の国際秩序の方向性を大きく左右することになる。

アメリカは中露二正面対応の脅威にさらされている。