日本自動車工業会(自工会)の佐藤恒治会長は、2026年5月21日の記者会見において、ナフサ不足が自動車産業全体に深刻な影響を及ぼす可能性について強い危機感を示した。自動車にはプラスチック樹脂パーツやゴム、塗料など石油化学製品が大量に使用されており、ナフサの供給不安は部品調達の停滞に直結するためである。現在、将来の欠品を恐れたサプライチェーン各社が必要以上の先回り購入に動く傾向が顕著であり、佐藤会長は市場の混乱や流通の目詰まりを避けるため、過去の購入実績に基づく適正な取引を行うよう強く呼びかけた。
日本のナフサ輸入の約7割は中東に依存しており、ホルムズ海峡の通航危機を受けて世界的に市場価格が急騰した。影響は自動車産業にとどまらず、生活に身近な日用品にも及んでいる。食品ラップやプラスチック容器の原料であるナフサの価格上昇により、包装資材の仕入れ値は2倍以上に跳ね上がった。スーパーや飲食店では、店頭価格の急激な上昇を避けるため、弁当の蓋をプラスチック製からゴムバンド留めに変更するなど、現場レベルでの死活的なコスト削減が進んでいる。旭化成など大手化学メーカーも代替調達を急いでいるが、5月以降も原料価格の高止まりは避けられない見通しである。
ナフサ不足をめぐって指摘されている「過剰な先回り購入」については、政府や業界団体はいずれも特定企業による在庫独占を確認しておらず、買い占めの主体を名指しできる状況にはない。実際には、ナフサの供給が不安定化するとの見通しが広がる中で、サプライチェーンに属する多くの企業が将来の欠品を恐れ、通常より多めに在庫を確保しようとする行動を取っている。このような在庫積み増しが重なった結果、市場に流通する量が相対的に減少し、需給が逼迫しているように見える状況が生じているのである。物理的な供給量が急減したわけではないにもかかわらず、企業のリスク回避行動が不安心理を増幅させ、さらなる在庫確保を誘発する悪循環が形成されている。したがって、問題の本質は特定企業の買い占めではなく、サプライチェーン全体の行動が市場の逼迫感を強めている。
政府も事態の沈静化に向けて対策を急いでいる。経済産業省を中心に、米国、アルジェリア、ペルーなど中東以外の地域からの代替調達を強化しており、5月には非中東圏からの輸入量が例年の約3倍に増加する見込みである。さらに、国家備蓄の放出により国内の石油化学工場の稼働維持を支えるなど、実効性のある措置を講じている。政府は企業に対し、「直ちにすべてのプラスチック製品が不足するわけではない」と説明し、冷静な購買行動と適正な取引価格の維持を求めている。
現在のナフサ不足は、物理的な絶対量の不足というよりも、先行き不安から企業が在庫を抱え込むことで需給がさらに逼迫するという構図が顕著である。市場心理の悪化が実体経済に影響を及ぼす典型例であり、政府・産業界・流通現場が一体となった冷静な対応が求められている。今後、生活必需品や基幹産業への影響がどこまで広がるかは、こうした対応の成否に大きく左右されることになる。

