
ベトナム特派員 高橋 正志
電気自動車や電動バイクなどのEV市場が、ベトナムで急伸していることをご存じだろうか。まずは電気自動車から。ベトナム自動車工業会(VAMA)の発表では、2025年1~9月の累計新車販売台数のトップはトヨタ。シェアは約24%で、約4万8000台だった。しかし、VAMAに加盟していない国産自動車メーカーがある。2017年に設立された、ベトナム初の自社ブランドメーカーのVinFast(ビンファスト)だ。

ベトナムにはファム・ニャット・ヴオン氏が一代で創業したベトナム最大の財閥Vingroup(ビングループ)があり、Vinhomes(不動産開発)、Vinpearl(リゾート開発)、Vinmec(医療)、Vinschool(教育)、近年ではVinspace(航空・宇宙)など数多くの事業を進めている。VinFastはEV専業メーカーとして電気自動車と電動バイクを生産している。同社の2025年1~9月の累計新車販売台数は、何と約10万4000台。トヨタの2倍以上なのだ。ちなみに同時期のタイの電気自動車の累計新規登録台数(乗用車)は約8万7000台。VinFastはタイ1国を1社で凌駕していることになる。
電動バイクでも同様だ。ベトナム二輪車製造者協会(VAMM)によれば2025年1~9月の累計新車販売台数のシェアトップはホンダで、約110万9000台。一方のVinFastは約23万台。二輪シェア約85%のホンダはさすがに越せていないが、大健闘と言えるだろう。電動バイクの世界市場では、巨大市場の中国、インドに次ぐ第3位の生産台数というデータもあり、ベトナムはひそかにEV王国になりつつある。
EVがベトナムで売れる3つの理由
この急激なEV化はなぜ起こったのか。ひとつはベトナム政府の方針で、再生可能エネルギーへの転換、海洋プラスチックごみの削減、2050年にカーボンニュートラルなど、環境対応に大きく舵を切っていること。それに伴って大都市の交通政策が始まった。首都ハノイと最大商都のホーチミン市では、2026年からガソリン車・バイクが入れないゾーンを作り、段階的に増やす計画を発表している。2030年頃にはかなりの部分に広がりそうで、都市部でガソリン車・バイクは走れなくなりそうだ。
この性急な変化に対してホンダ、ヤマハ、スズキといった日系バイクメーカーは2025年10月、ベトナム政府に最低でも2~3年の猶予期間を要請した。ただ、現在まで返答はない。
EV化の理由の2つ目は、ベトナム人の環境意識の高さだろう。とくに若い人に多く、総じて「同じ値段か少し高い程度なら環境に良いものを選ぶ」という傾向が強い。それは、VinFast傘下のGreen and Smart Mobility(GSM)が運営するEVタクシー事業、Xanh SMでもわかる。VinFastの電気自動車と電動バイクを使用しており(だから生産台数が増える)、2024年第4四半期のシェアが、配車アプリのGrabを抜いてトップになったと発表した。「タクシーならEVを選ぶ」という声は私の周囲にも多い。

最後の理由はベトナム人の愛国心の強さだと思う。それまでも他国の自動車の製造や組立てを請け負うチュオンハイ自動車というメーカーはあったが、自社ブランドで自動車を開発したのはVinFastが初めてだ。ベトナムでは中国や欧米の電気自動車も多く販売されているが、他国ブランドだったらここまで受け入れられなかっただろう。
充電インフラ不足が一番の課題
ただし、問題は山積している。EV用の充電インフラが圧倒的に不足しており、とくに郊外や地方で深刻と言われる。とはいえ、ベトナム一の大都会であるホーチミン市でさえ、充電ステーションが近くにないなどの理由から「充電カフェ」が流行するほどだ。増え続ける需要に供給が追い付かないのだ。また、古い集合住宅では充電器の設置が難しく、充電器が整備された物件では別の問題が起こっている。充電中のEVが原因とされる火災が起きたため、EVの駐車を禁止するマンションが増えているのだ。
課題解決に率先して動いているのはやはりVinFastだ。EV充電インフラを整備する子会社のV-Green Global Charging Station Development(V-Green)が全国にEV用充電施設を増やしている他、大手家電チェーンの店舗に充電スタンドを設置するなど、他社との連携も広げている。また、充電ではなくバッテリーの交換で航続距離を伸ばすバッテリー交換ステーションも作っており、この市場には他の電動バイクメーカーや海外企業も参入を始めている。

ベトナムには2030年までに公共バスを100%グリーンエネルギーで稼働させるという政府目標があり、ハノイやホーチミン市ではバス路線の車両を続々と電気バスに代えている。それもあって各自治体でも公共の充電ステーションを増やしているのだが、まだ始まったばかりだ。V-Greenの試算によれば、国内8000万台のガソリンバイクをすべて電動に置き換えた場合、約3億個のバッテリーと50万ヶ所のバッテリー交換所が必要になるという。
それでもこのEV化は今後、これまで以上に加速しながら進むと思う。課題はあっても走りながら考えるのがベトナムであるし、この国には「何とかなる」と思わせてくれるスピード感があるからだ。

