
メキシコ特派員 鯨岡繁
第二回投稿テーマの「100年の歴史を有するメキシコの自動車産業」の中で、「TSURU」と「TSUBAME」を紹介させて頂きました。 突然ですが、「メキシコ料理」は2010年にUNESCOの無形文化遺産に登録されており、TACOSなどは日本でもお馴染みですが、この第三回投稿では筆者の経験と思い込みの「メキシコ料理」について述べさせて頂きます。
料理の話と書き出しながら誠に済みませんが、「TSURU」と「TSUBAME」を紹介しながらVWの「BEETLE」に触れない訳にはゆかず、メキシコで愛され今でも多くのファンを抱える車を先ず紹介致します。ニッサンメヒカーナのCIVAC工場が生産を開始したのが1966年で、同工場での「TSURU」の生産は1984年でした。他方、VWメキシコの会社設立は1964年で「BEETLE」の生産開始は1967年と先輩格です。メキシコで「BEETLE」は「VOCHO (ヴォッチョ)」又は「VOCHITO (ヴォチート)」と言う愛称で呼ばれています。
VOCHOはTSURUと同様にタクシーに数多く使用されていました。ツードアですので後部座席へ入り易くする為に助手席が外されておりました。悪い運転手の場合、走行中に仲間のいる場所へ乗客を連れて行き、仲間が助手席から乗り込んできて乗客から金品を巻き上げる強盗事件も記憶に残っています。乗客は逃げようも有りませんが、腕力に自信の有る駐在員の場合、VOCHOの狭い空間で強盗と格闘した武勇伝も聞いた記憶が有ります。 ピストル横行の非常に危険な今日では考えられない、四半世紀も前のことでありました。
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左の写真はかなり古いVOCHOですが、本年10月27日に開催されましたAPEC会議に出席したメキシコの経済大臣であるMARCELO EBRARD氏が韓国へ旅立つ前にインスタにアップしたものです。経済大臣もVOCHOがお好きでメンテをしっかり行っていたのですね。一般的な愛称のVOCHOではなく強く親しみを込めて、MI VOCHITOと「僕のヴォチート」という感情を表しています。これは動画をコピペしたのですが、「Así se oye mi vochito por fuera.」というテロップが流れていました。
左ハンドルで運転しているのは大臣その方で、インスタを見ている視聴者に対して、「外から聞くと、うちのVOCHITOってこんな音がするんだよ。懐かしいでしょ?」と問い掛けています。この翻訳はChatGPTと相談して選択したものです。
メキシコに着任して間もなく商工会議所(CAMARA)のツアーに参加し、PUEBLAに在りますVWの工場を見学しました。当時VWと取引関係は無く滅多に入れませんでしたのでツアーに応募しPUEBLAへ参りました。標識にはスペイン語と並んでドイツ語が併記されており、流石と感激した事を覚えています。このPUEBLAで生涯忘れ得ぬメキシコ料理に繋がりました。
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VWの工場見学が終わって、平日の14時くらいからランチの為にレストランへ参加者が移動しました。PUEBLAの名物料理と言えば、独立記念日に重要なチレエンノガダですが、筆者が感激を覚えたのはチョコレートソースの料理でした。PECHUGA DE POLLO CON SALSA MOLEという鳥の胸肉をチョコレートソースで調理した料理でした。
メキシコに着任してまだ日が浅く、タコスくらいしか知らない筆者にとって、レストランの女将からチョコレートソースと聞いて、「そんな料理を食べられる訳ないだろう」と先ずは防衛線を張りましたが、女将さんがそのソースにご執心で説明を繰り返すので、好奇心からこの料理を注文したのが発端でした。それ以来、MOLEの奥深い味わいに魅了され、メキシコに行くと必ず注文して食べる料理の一つになりました。唐辛子や複数の香辛料など様々な素材がチョコレートに混ざったソースで、読者の方々にも是非味わって頂きたいものです。MOLEの良し悪しで、そのレストランのレベルが分かると聞いた事も有るくらいです。
目に映る色がチョコレート色ばかりですので、他の料理をご紹介致します。サンディエゴへ行った方で、怖いもの見たさで国境を越えてメキシコのティファナへ行かれた方もいらっしゃるでしょうね。筆者はメキシコシティからティファナへ飛ぶルートばかりでしたが、同地にあっては歴史的背景も含めて、この料理に触れない訳にはゆきません。この逸話をメキシコ人の友人でも知らない人がいましたので。皆さんは「シーザーサラダ」がお好きですよね?! では、シーザーサラダの生誕の地がティファナだったとご存じですか?
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左上の写真はティファナの街に現存するホテル・セサーの佇まいです。2013年頃の撮影です。その一階に、レストラン・セサーが有ります。壁に多数の写真が掲げてあり、重厚な歴史を感じさせる室内です。ネット検索から、創業者のセサー・カルディーニ氏はイタリア北部のマッジョーレ湖畔のヴァベーレ生まれで、兄弟と共にアメリカへ移民してレストランビジネスを始めたとあります。1920年代ですが、サクラメントにてレストランを開きましたが当時は禁酒法の時代で酒を扱えない事から、サンディエゴへ移動し、更に国境を越えてティファナにレストランを開きました。因みに、シーザーは、スペイン語読みではセサーと発音されます。
諸説有る様ですが、ネットでは禁酒法時代の米国の独立記念日(7月4日)に、国境を越えて捌き切れないほどの大量の客が来店し、セサーさんは即興で残っていた材料を使ってサラダを作る事にした、というのがセサーさんのサラダ、つまりシーザーサラダの始まり、と言う解説が有りました。
他方、筆者が2014年11月1日にそのレストランを訪れた際、マネジャーから聞いた史実をご紹介します。第二次世界大戦の末期、欧州で米軍の捕虜となったイタリア空軍のパイロットがティファナに設けられた捕虜収容所へ送られました。セサー氏は同胞の境遇を気の毒に思い、せめて僅かでもイタリア料理を差し入れたいと考えました。しかしティファナでは材料が乏しく、手に入ったのはロメインレタス(Lechuga Romana)のみ。そこで彼は自家製のソースをかけて提供し、これが「エンサラダ・セサル」、すなわちシーザーサラダの始まりだったそうです。その味を戦後に来店したアメリカのマスコミの女性記者が報道して、それが全世界に広まってシーザーサラダが世界のサラダとして認知されたとの事です。レストラン・セサーでは今でも客のテーブルの横でドレッシングを手造りして提供してくれます。味は最高、見ているだけで高揚感に包まれます。是非お試しください。

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メキシコ贔屓の筆者としては、テーブル横で生卵を木製のボールに落として色々な素材と混ぜ合わせて目の前でドレッシングを準備してくれたマネジャーの話を信じています。シーザーサラダに合う料理として勧められたのが、右の写真の料理です。牛の脚の骨髄を調理したもので、味が染みた骨の中の骨髄をフォークで引っ張り出して口まで持ち上げる、食べるにも技術が必要な料理でありました。とっても美味しいものです。因みに、筆者の記憶に間違いがなければ、この料理名はそのままずばり、Tuétano Asado (焼いた骨髄)だったと思います。
料理にはどの世界でもお酒が不可欠ですね。メキシコ人は国旗を非常に大事にしています。多民族ですから一つの国旗 (bandera nacional)の下に団結するという意味合いが強いと認識しております。メキシコと言えばやはりテキーラです。その呑み方にも「bandera」と言うスタイルがあります。写真の様に、テキーラを真ん中に、その両側に国旗の色の呑み物を並べて、自分の好きな順番で呑んでおります。
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左側の緑色はライム(レモン)で、これはメキシコ国旗の緑色を表しています。中央は透明なテキーラ(白色)です。右側の赤色は通常、スパイシーなトマトジュースベースの「サングリータ (Sangrita)」です。テキーラに似て非なるものにメスカルが有ります。最近はメスカルを好む日本人も増えていると感じます。テキーラとメスカルの決定的な違いは何かを以下の表に纏めました。
| 項目 | テキーラ | メスカル |
| 原材料 | ブルーアガベのみ | 52種以上のアガベ |
| 生産地域 | 5州(ハリスコ州) | 9~10州 |
| アガベ割合 | 51%以上 | 100% |
| 製法 | 工業的・近代的 | 伝統的・職人的 |
| フレーバー | 淡麗、クリア | 複雑、スモーキー |
| 飲み方 | ライムと塩 | オレンジや芋虫の粉 |
| 文化 | 世界的ブランド | メキシコ文化遺産 |
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オアハカ州のメスカルにALACRANという有名なブランドがあります。ALACRAN(サソリ)を商標に使っていますがメスカルの中にサソリは入れておりません。右の写真のメスカルは友人のメキシコ人が吞ませてくれたものですが、メスカルにサソリを入れて、ALACRANという商標を真似た観光用サソリ入りメスカルでした。
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ビールの呑み方にもいろいろございます。左の写真はメキシコシティスタイルの呑み方で、Michelada(ミッチェラーダ)と言います。カクテルのマルガリータの様にグラスの口に塩が塗され、ライムジュースが入ります。このスタイルをグアナファト州等バヒオ地方では、Chelada(チェラーダ)と呼んでいます。バヒオ地方のミッチェラーダにはチャモイと言うチリソース等のスパイスソースが混ぜられています。
メキシコシティへ行かれたら一度はこのレストランを訪ねて頂きたいです。POLANCO(ポランコ)地区に在ります、Hacienda de Los Moralesという名前のレストランです。このレストランは宮殿のような壮麗な建物で、16世紀の荘園内の母屋を利用し、スパニッシュコロニアルの雰囲気に包まれています。歴史ある荘園の雰囲気と共に、本格的で高評価のメキシコ料理を楽しめます。食事をするだけでなく、庭園を散歩することもお勧めで、日本ではお目に掛れないレストランだと思います。
以下は2023年の出張時の写真です。
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このレストランで有名な、蟻の卵(特に大型のハリア蟻の卵と幼虫)を使った料理は、「エスカモーレス(Escamoles)」と呼ばれます。ナワトル語の azcamolli(蟻の煮込み)に由来します。主にメキシコ中部(プエブラ州、イダルゴ州、メキシコ州など)で食べられており、昔から高級食材とされてきました。見た目は白い小粒のカッテージチーズで、ナッツやバターに近い味です。
これからの季節メキシコではクリスマスに向けポインセチアの赤い葉が美しく街を飾ります。2014~2016年当時の写真です。
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メキシコでは、1月6日の東方の三賢人の日に食べるRosca de Reyes(ドーナツ状のパン)も趣が有ります。パンの中に「フェーベ」(fève)というフランス語(ソラマメ)由来の小さな陶製などの人形が入っています。Muñecaとかniñojesusとも。12月に入りクリスマス前からRosca de Reyesが店に並び始め、一年の終わりを感じることになります。次回の第四回投稿では、現下のUSMCA関税交渉に関して書きたいと考えております。

