治安維持に苦心、タイが抱える4国との国境

タイ特派員 齋藤正行

このところ、「タイ国境」が世界的な注目を浴びている。国際犯罪組織によるミャンマー、ラオス、カンボジアの3カ国、とくにミャンマーでの特殊詐欺や人身取引といった犯罪が明るみとなり、「各国の中央政府の権限が及びにくい」「電力や通信などタイ側の安定したインフラを利用できる」という理由から、多くの拠点がタイ国境沿いに存在していたことが広く知れ渡った。タイは一連の事件で、一方でインフラの発達が評価され、一方で政情不安が非難された。

大メコン圏(GMS)としての経済回廊が東西南北に設定されたタイにとって、国境地域の治安維持は国家の優先事項といえる。そもそも「世界有数の観光立国」を自負する以上、政情不安など認めたくない。しかし実際には、国境事情はいたって不安定だ。

例えば、東のラオスからタイ北部を通過して西のミャンマーに抜ける「東西回廊」の場合、ラオス側は問題ないがミャンマー側は先のとおりだ。今回の国際犯罪組織の事件がなくとも、ミャンマー軍と少数民族との武力衝突が国境付近で繰り返されており、そのたびに国境が閉鎖される。

ラオスとの国境は最も平穏といえる。ラオス人は民族的にタイ人に近く、国交も良好で国境問題が起きにくい。ただ、ラオスにも先のような犯罪拠点は存在し、撲滅のための国境封鎖もあり得る。「国境の向こうの騒ぎ」ではあれ、一部ではタイの関与も暴かれており、相手国に責任を押し付けることはできない。

ラオスはGMS内の「交通の要所」としての地理的優位性が評価されるが、中国やベトナムとの「単なる経由地」と化している感は否めない。中国雲南省からほぼメコン河に沿ってラオスを通りタイ北部に入る「南北回廊」では、大量の物資が取り扱われているが、やはりほとんどが中国製品だ。

東西回廊の下を並行する、東のカンボジアからバンコクを経由して西のミャンマーに至る「南部回廊」もある。タイとカンボジアは政治的に対立することが多く、国境で武力紛争が起きるほどの関係にある。経済的には国境貿易が盛んで良好な状態が続いているが、先の国際犯罪組織の事件をきっかけに「国境の壁」建設の案が持ち上がった。カンボジアではまさに、「拉致された」と思われていたタイ人100人以上が、自発的に特殊詐欺に関わっていたことが明らかになり、タイ政府はメンツを潰した。

もう1カ所、タイは深南部でマレーシアとの国境を抱える。タイが国境事情で優位性を保てていない、唯一の隣国だ。マレーシア側では昨年11月、クランタン州政府が中央政府に対してタイとの「国境の壁」を建設するよう提言している。タイとカンボジアの逆の構図だ。タイ深南部はそもそも、分離独立を大義名分とする武装組織がテロ活動を繰り返しており、日本外務省から注意喚起が発出されている地域。マレーシアは、テロ実行犯を含むタイ国籍者の密入国に頭を抱えている。

一昔前、「タイプラスワン」いう言葉がよく聞かれた。タイを拠点とした周辺諸国とのサプライチェーン構築という投資戦略だが、事業化調査を行った日系物流会社は当時、「タイからのトラックは荷物を満載できても帰路は空っぽになり得る」と話していた。実際のところ日本からの投資も、タイに直接、ベトナムに直接といった「直接投資」がもっぱらだ。

タイ側の国境ゲートであるアランヤプラテートを通過するとカンボジア側のポイペットに入る